謙虚に生きたほうが得かも

対人関係

人間謙虚に生きたほうがいい。
謙虚に生きていれば嫌われる可能性が少なくなるし、損をすることも少なくなる。

傲慢だと運にも人にも逃げられる。
そして傲慢な人は人間として未熟に見えるし、正直見ていてしんどい。

必要以上にかっこつける必要はないが、どうせ生きるなら美しい生き方をしたいもの。
美しく生き、人からも運からも好かれやすくなる謙虚な生き方について考えてみた。

謙虚な生き方は得だらけ

人間常に謙虚でいることは意外に難しいもの。

成功が続いたり、他者と比べて優位に立った時にはどうしても傲慢になってしまうのが人間の性かもしれない。

上手くいくことが続いて、人からちやほやされると、つい勘違いして自分が偉くなったかのように錯覚してしまう。
僕は成功体験がほとんどないけど、数少ない成功体験を経験したとき図に乗ってしまった苦い経験がある。

図に乗っていることは他者にすぐ見抜かれてしまう。

そして「痛い人」「キモイ人」「尊敬できない人」「人間的に未熟」というレッテルを張られてしまう。

僕のようにすぐ図に乗るような人間は教養や人生経験が足りないのだろうと思う

本当の実力者は成功したとしても図に乗るようなことはない。
謙虚で周りに感謝ができ、さらに力を伸ばしていくことができる人が本物の実力者ではないだろうか

ちょっと成功したくらいで鼻が高くなり、調子に乗る人間は見ていてうざいし、鼻持ちならない人間として皆から嫌われてしまう。

謙虚でいることは成功のためにも人から嫌われないためにも大事なことだろうと思う。

謙虚でいることは人生において得することはあっても損することはない。

傲慢な人は頭が悪そう

会社や学校や、テレビで見かける芸能人などで時々傲慢な人がいる。
傲慢で増長している人間はどう見ても賢く見えないし、尊敬しようとも思えない。

簡単に言えばカッコ悪い。

コンプレックスだらけなのが透けて見えるし、ロクな人生経験もなさそうに見えてしまう。

周りに不快感やイタイタしさを撒き散らしながら、本人は得意の絶頂で気持ちよくなっているというなんともおマヌケな構図である。

こういうなんともカッチョ悪い人が心の通った親友や、きちんとした恋人に恵まれるだろうか?

お金目当てだったり、本人を利用するための下心を持った人間は沢山集まるかもしれないけど、本当に本人に取って有益な人は悲しいことにドンドン離れて行くのが現実だろうと思う。

傲慢でいることは人から頭が悪そうに見られてしまう上、本人の利益にもならない。
誰も得をしない愚かな行為なのである。

いざという時助けてもらえる人間になろう

人間にとって大事なこととはなんだろうか。
頭がいい事、容姿が良い事、仕事ができる事、知識が多い事、友達が多い事など色々な尺度があるだろうが、その中でも特に大事な事の一つとして「いざという時助けてもらえる人間かどうか」というものがあると思う。

人間順調な時は自分一人の力で生きて行けると思ってしまう物だが、順調な時もあればそうでない時もあるのが人生だろう。
上手く行かなくなった時は人の力が必要になる。
そうなった時に誰からも助けてもらえない、相談する人が誰もいないような人は人生が詰みやすくなると思う。

人生が詰まないためにも日頃からの行いが大事になってくるのではないだろうか。
助けたくなる人とはどういう人なのだろうか。

僕が思うに「可愛げがある人」ではないかと思う。
可愛げがある人とは親しみがあり、どこか憎めない人のこと。

成功したからと言って自分が偉くなった気分になり、周りを小馬鹿にしてのさばるような人間ではなく、どんな時でも謙虚で周りに対して感謝を忘れないような振る舞いが大事だと感じる。

そういう人が困っていたら助けたくなるのが人情というものだろう。助け合ってこその人間。どんなときも謙虚な気持ちを忘れない素敵な人間でいたいものだ。

まぁそんなに簡単に謙虚な人間になれる訳ではないんだろうけど。
僕みたいなロクな人生経験もなく年ばかり取った痛いオッサンはくだらないことでもすぐ傲慢になってしまう。
自分の未熟さを自覚しつつ、自分の至らない点を改善していくのが人生の修行なのだろう。

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