他人に振り回されない方法

ニートが社会復帰するために

他人に振り回されて消耗していないだろうか?
他人の顔色ばかり伺い、他人に嫌われないように気を使い続けるのは精神的に疲れストレスが溜まる。

誰だって人から嫌われたくない。
できれば好かれたいと思うもの。
これはある意味人間の本能的な欲求なのかもしれない。

しかし、他人の顔色や他人の評価ばかり気にしていると自分のやりたいことができなくなり、結果的に自分を苦しめることになりかねない。

一度きりの人生自分のために生きるべきだ。
(アドラー心理学を元にした「嫌われる勇気」がベストセラーになってから、あらゆるところでいわれたおしている言葉だけど…)

自分が正しいと思うことや、自分がやりたいと思うことをやったほうがストレスも溜まりにくいし、後悔もしない。

人生の主役はあくまでも自分。
芸能人だろうが、大金持ちだろうが他人なんて所詮脇役でしかない。
後悔しないように生きていくことが大事だと思う。

他人を変えることはできない

自分の思い通りに動いてくれない他人を変えようとはしていないだろうか。

自分に自信があり、人のためを思いやる気持ちがある人ほど他人を変えようとし、消耗しやすい。

「自分は正解を知っているから無知なこの人に正しい方法を教えてあげよう」
「この人は誤った道を歩んでいるから正しい道に戻してあげよう」
「この人のわがままを直さないと皆の迷惑になる」
などなど、おせっかいにも一生懸命他人を変えようとする人の気持ちはこんな感じではないだろうか。

正義感や責任感が強いことはいいことだが、こうした考え方はどこか傲慢な気持ちも見え隠れする。

自分が必ずしも正しいとは限らない。
他人を変えようと思いがちな人は謙虚な気持ちと、ある種「諦め」の気持ちを持つことが大事ではないだろうか。

「諦め」とは「言ってもわからない人はわからない」ということを悟るということ。

一見愚かな行為を行っているような人もその人なりの根拠や正義感があってその行為を行っている。他人があーだ、こーだ言ったところで簡単に変えられる物でもないだろう。

一回か二回忠告して、分からないようなら潔く諦めてほうっておいた方がお互いのメンタルに良い。

きっと時間が解決してくれるはずである。
例え時間が経っても解決しなかったとしても結局は本人の責任である。

幼い子どもの場合はともかく大の大人であれば誰しも自分の人生は自分で責任を持つのが当然だ。

自分のやりたいことをやろう

周囲の目だったり、評判を気にして自分のやりたいことができなくなっている人は多いのではないだろうか。

だが、自分が心からやりたいことを他人の目を気にして諦めてしまっては後悔する。
自分がやりたいことがあったら、自分の頭でしっかり考え決断するべきだ。

その挑戦をした場合の成功確率とリスクについてしっかり検証して、自分の中でゴーサインが出たら挑戦してみるものいいと思う。

自分が考え抜いて出した結論ならきっと後悔しないだろう。
主体性を持って生きることにもつながる。

自分を持っている人は魅力的

他人の目を気にして自分を押し殺している人が魅力的に見えるだろうか。

周囲との調和を図るためだったり、自分の立ち位置を確保するために自分を押し殺している人はある意味利口で賢いし、大人であると言えるかもしれないが、正直あまり魅力的には見えない

その反面、自分をしっかり持ち、自分のやりたいことを貫いている人は伸び伸びと生きているように映り、魅力的に見える。
そういう輝きのある人に人もついてくるものだ。

ただ注意しなければいけないこととして、自分を貫くことと、単なるワガママはしっかり区別しなくちゃいけない。

幼児のように我慢することができなくてワガママばかり言う人は社会人失格だし、魅力的だとも思われないだろう。

社会人として生きていく以上、他人に対しての礼儀は必要だし、時には我慢しなきゃいけないこともある。

人としての最低限のマナーを守れない人は誰からも相手にされなくなるのがオチ。

常識をしっかり守った上で自分を持って
自分を貫くことが大事なことだと思う。

会社の言う通り従順に働いていれば
安定した生活を送れる時代は終わりつつある。

自分のやりたいことを貫き、
輝きのある魅力的な人材になって
有意義な人生を送ろうではないか!

タイトルとURLをコピーしました